一面の野原に、色とりどりの花が咲き、小鳥のさえずりが心地よいメロディーとなって耳に響く。怒り、哀しみ、恐れ、苦しみ。人間のマイナス部分は除かれ、喜びの心で満ちあふれる世界。目には見えない、空の上にあるとされる異空間のことを、生きている人々は「あの世」とも「天国」とも呼んでいた。
梁山泊の崩壊と同時にライフポッドで脱出した麻宮サキだったが、脱出時の衝撃に耐えきれず、短い生涯を閉じた。肉体を離れたサキの魂は、迷うことなく、あの世とも天国とも呼ばれる異空間の入り口まで来ていた。濃い霧で周囲の景色が見えない中にそびえ立つ鉄の門。はるか上に延びる鉄の門の前にサキが立つと、低い音を立てて門は開かれていき、風が優しく迎えてくれた。門をくぐって、一歩足を踏み入れると、サキの目の前に神恭一郎がいた。
「え？ あ、神？ あれっ？」
足を一歩進めただけなのに、目の前には神がいて、景色は色とりどりの花が咲く草原になり、後ろを振り向けば鉄の門は消えていた。急な事態の変わりように、あたふたキョロキョロするサキを見て、神は生前と変わらない優しい瞳で微笑んだ。
「来たのか？」
神の言葉に落ち着きを取り戻したサキは、やはり生前と変わらない強い瞳で向き合うと、神に答えた。
「言ったろ？ 離れたくないって。それにさぁ、格好つけてプロポーズしておいて、先にさっさと逝っちまうなんて、ズルい！」
ちょっと拗ねて、口を尖らせるサキを引き寄せ、抱きしめる神。空の上で、ようやく結ばれる２人。
この「上の世界」の異空間には時間がない。必要ではないから時間の流れはない。ここに来た人々は心ゆくまで平穏な世界を楽しみ、やがて転生していく。心地よすぎて留まることを望む者も後を絶たないが、ここに永遠に留まることは出来ない。いつかは必ず、誰もが転生していかなければならない。それがこの世界の、ただ一つの決まり事だった。
もちろん希望すれば、すぐにでも転生できる。しかしサキも神も、地上ではなかなか得られなかった「やすらぎ」を求め、しばらくは２人だけの静かな暮らしを楽しむことにした。
生ある「下の世界」の時間で半年後。鷹ノ羽高校の卒業式の日に、サキは風に導かれ、特別に地上に降りた。沼との「約束」を果たすために。みんな、あばよっ！ 仲間たちにも、最後の別れが言えた。再び神の元に還ってきたサキの両手には、沼から手渡された卒業証書が、しっかりと握り締められていた。サキの中にはもう何も、思い残すことはなかった。
その後も時間のない世界で寄り添い、語り、時にはケンカしたりと、愛を確かめ合っていた２人だったが、やがてサキのちょっとした仕草や表情から、神はサキの心が揺らぎ始めたことに気づいた。平穏な世界で身近にいればいるほど、その微妙な変化に否応なく気づかされ、自分も心を決める時期だと神は考えた。
話がある、とサキが改まって神に切り出した。
「決まったか……？」
神にはサキの言おうとしていることは、はっきりとわかっていた。神の問い掛けに、やっぱりお見通しか？といった表情でサキは頷き、穏やかな周りの景色をぐるっと見渡して照れくさそうに言った。
「何か、こう、平和すぎても、かったるくてさぁ」
おまえらしいな、と神は笑った。
神といつでも一緒にいられる幸せは、サキにとっては、もちろんうれしい。いつまでも神に寄り添っていたい。けれど平和すぎて体が鈍ってしまうような危機感もあった。この地にいて今さらそんな心配をする必要はまったくないのだが、常に戦いが身近だった生前の記憶が、今なお強くサキを駆り立てていたのも本当のことだった。
「また、会える…かな……？」
「それは……運命次第、……だろうな」
「出会えなかったら？」
「それも、また運命……」
神は、また笑った。いたずらっぽい、少年のような笑み。けれどサキの瞳は悲しみで潤んでいた。
「イジワル。ここで別れたら、会えないよ、きっと。どこの誰に生まれ変わるかは、わからないし。……前世の…今の、この記憶は消されちゃうんだろ？ すごい確率で出会えたとしても、判らないじゃないか……」
二人とも、転生する気持ちに揺るぎはなかったが、ここで愛を確かめあった記憶を失うことが、サキには辛かった。
「俺は、おまえを愛した。おまえも、俺を愛した」
神の両腕が、優しくサキを包み込む。
「今の、この記憶を失っても、俺は…俺の『魂』は、きっと、おまえを見つけ出す。幾千万の異性の中から互いを選んだ、この『絆』が、転生後も繋がっていると信じている。例え切れていたとしても、俺は繋いでみせる。決められた運命で、おまえに出会えない人生だったとしても、運命を変えるチャンスの一度や二度、有るはずだ。必ず、おまえを捜し出してみせる！」
神は言い切った。
「俺は、おまえを忘れない。魂に刻みつけて、この記憶を失っても、おまえを、おまえの魂を見つけ出す」
麻宮サキと神恭一郎であった以前から、結び付いていたのだろうか？ 神の説得力ある言葉は、サキの心から不安と辛さを消し去った。
「わかった、あたしも……信じる！ この絆！ この想いを魂に焼き付けて、必ず出会って、手を取り合えることを信じる！」
二人は互いの右手の小指を絡ませる。絆の「赤い糸」を確かめ、未来を約束するかのように。そして熱いキス。それが最後だった。互いの唇が離れると、サキの体は、ゆっくり、ゆっくりと色が薄れ、透明度が増し、やがて消えていった。神の瞳にはサキの笑顔が残った。
「サキ…また会おう」
程なく神の体も消えた。風が二人のいた場所を優しく駆けていった。
昭和から平成に替わって久しい頃。ある地方都市の新興住宅街に前世の神恭一郎はいた。ここの一角に住む福永家の長男「福永恭一郎」として生まれ変わり、両親と妹の四人家族で、幸せに暮らしていた。
ある年の三月下旬、学校は既に春休みに入っていたが、恭一郎は朝早くから、サッカークラブの練習に出かけていた。昼過ぎになって、練習から帰ってきた恭一郎は、家の隣に大きなトラックが止まっているのを見つけた。車体に描かれた動物モチーフのマークは、遠くからでもよく見える。ＴＶのＣＭで知っている、引越センターの車だ。
「へぇー、隣に、誰か来るんだ」
忙しく荷物を降ろしている、引越センターの従業員。その邪魔にならないように、少し離れたところで見ている３人の子ども達。背の高さと服装から、上の２人は女の子で、向かって左に見える女の子は、自分と同じくらいの年頃に見えた。３人目のチビちゃんは、男の子の様だった。
恭一郎は興味津々で、でもさすがに注視するのはマズイよなっと網に入れて手に持っていた、自分のサッカーボールをポンポンと蹴りながら、チラチラッと前方の様子をうかがい、一歩一歩、いつもよりスピードを落とした歩きで家へ向かう。
自分の家の前まで来た時、３人のうちの１人、下の女の子と、偶然、目が合ってしまった。瞬間、恭一郎の瞳は、彼女に釘付けになった。なぜだかわからないが、無性に惹きつけられた。更に脳裏に「懐かしい」感情が横切った。
少女も同じだった。初めて見る少年に魅了された。胸の奥が熱くなり、言葉では上手く言い表せない、とても不思議な感情が湧き上がっていた。
ほんの一瞬が、とても長く感じた２人だった。恭一郎が先に眼をそらして、玄関のドアノブに手を掛けた。
「ただいまーっ」
恭一郎は玄関に一歩入るなり、手に持っていたボールとタオルや水筒が入ったスポーツバッグをポーンと玄関に放り出す。ドサッ。スポーツバッグは大きな音で落ち、持ち主より先に家に上がった。ボールは網に入ったまま、ポンッポンッポンッ……と玄関に続く廊下を転がっていった。
「こらっ！ 何度言ったら、わかるのっ！ 床に傷が付くでしょ。１年よ、まだ１年！」
玄関から右手のリビングの奥から、内職をしている母、清音の怒鳴る声が聞こえてきた。父、悟郎が勤める会社の社宅から、建て売り住宅のこの家へ引っ越してきたのは、今から一年前。福永家までの四軒が第一期分譲地で、今日引っ越して来た隣から向こう６軒が、第二期分だった。すでに５軒は住人がいて、最後の一軒が福永家の隣だった。
「もう、お昼なのね」
自動車部品の仕上げを内職としている母の清音が作業の手を止めて、部屋から顔を出した。
「ねぇ、母さん。隣…」
「あー、知ってる。トラックが着いてすぐ、御挨拶にみえたから。Ｔ市の団地から、越してこられたんですって」
ああ、さすが、耳聡い母親だ。忙しいと言いつつ、窓から覗いてたんだろうな。それで気づいた隣の人が挨拶に来たんだろうな、と普段の母の行動から恭一郎は推察した。
「ほらほら、着替えて。ユニフォーム、ちゃんと洗濯機の中に入れておいてよ。お昼は、昨日の残り物で良いわよね？」
「はい、はい」
キッチンと洗面所を繋ぐわずかなスペースに、パントリー代わりの棚と全自動洗濯機が置いてある。その洗濯機の前で、ババッとユニフォームを脱ぎ、脱いだ側から洗濯機に入れていく。肌寒くてもそのまま、いつものように下着姿のまま部屋に行こうとして不意に、脳裏に少女の顔が浮かぶ。
「母さぁーん。シャワー浴びて良い？」
台所で昼食の支度をしている母親に、恭一郎は尋ねた。
「おや、まあ、珍しい。良いけど、寒くないようにね」
二階の自分の部屋から着替えを持ってきて、シャワーを浴びる。それほど汗になっていないが、気持ち良い。
「さっぱりした？ さっ、食べなさい」
「いただきまーす」
母親と２人で食べる昼食。
「午後からは予定ないんでしょ？ お風呂の掃除と、成美のお迎え、お願いね。どうしても今日中に、仕事終わらせたいから」
「へい、へい。お母様」
春休みは宿題がないので、毎日遊び三昧だが、今日は生憎と友達の誰もが用事があって遊べない。暇を持て余している恭一郎は、自分の部屋で漫画を読みながら、時折、窓越しに隣の家を観察した。まだまだ忙しそう。少女の姿はなかった。
家族団欒の夕食も終わって、妹の成美と一緒に恭一郎が食器の後片づけを始めた時、玄関のインターホンが鳴った。
「あ。えっと。ちょっと、お父さん、出て。あたし、おにぎりで手がベタベタ」
残りご飯で、シンプルに塩おにぎりを作っていた清音は、リビングでＴＶのバラエティ番組を見てヘラヘラ笑っている悟郎に頼んだ。ソファに寝そべっていた悟郎は面倒くさそうに起き上がると、数歩離れたリビングのドア横にあるインターホンのモニターをのぞき込んだ。モニターに映る人影が５人。悟郎は初めて見る顔の５人に、これが夕食の時に話題に出た「お隣さん」か？と、ついさっきの記憶を思い出した。
「こんばんは。夜分遅くに失礼します。隣に越してきた藤岡です。改めて御挨拶に参りました」
一番手前の男性が挨拶に来たことを告げる。
「えーと、ちょっと待って下さいね、今行きます」
やっぱりね、今喋ったのは、この家族の主だよな、気の合う人だといいな、と悟郎は頭の中でグルグル考えながら自分の家族を呼ぶ。
「おーい、おかーさぁーん。子どもたちも、みんなおいでー。新しいお隣さんが挨拶に来たよ」
清音は急いで手を洗い、成美は素直に楽しみな顔をし、恭一郎は昼間の一瞬を思い出して妙にドキドキした。福永家４人対藤岡家５人。２家族の正式な初顔合わせだった。
「この度、Ｔ市から越してきました、藤岡です。私は聡。こちらは、妻の美波。子どもたちは上から、真希、沙紀、嘉樹。それぞれ四月から、中学１年、小学５年、幼稚園の年長組になります」
藤岡家の主、聡の丁寧な紹介に、福永家も襟を正し、悟郎が自分の家族の紹介をしようとして……
「まあ、それじゃあ、さきちゃんと、うちの恭一郎が同い年ですね。この子も今度、５年生なんです。下の成美は、１年生になるんで、よしき君とは一つ違いか」
と妻に先を越されてしまった。トホホ…と思いつつ気を取り直して、悟郎が続ける。
「私は福永悟郎。妻の清音。息子の恭一郎と、娘の成美の４人家族です」
「なにぶんにも慣れない土地で、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、末長く、よろしくお願いします」
「いえいえ。私共も１年前に越してきたばかりで、お互い様です。こちらこそ、お願いします」
２つの家族は軽く頭を下げ、美波が手に持っていた花柄の包みを清音に差し出す。
「クッキーです。日持ちしますので、お好きな時に、お召し上がり下さい」
「まあまあ、それは、ご丁寧に、どうも」
美波の手から清音の手に、花柄包装紙の缶入りクッキーが手渡された。それを見届けた聡が帰るあいさつをした。
「それでは失礼します。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
皆が口々に「おやすみなさい」と声に出し、笑顔で福永家が見送り、見送られた藤岡家も笑顔を残して帰って行った。両家の初対面は、５分ほどで終わった。
ドアが閉まって藤岡家の人々の気配が消えるまで、福永家の人間も玄関にいたが、それぞれ５分ほど前にやっていた事を思い出し、その続きを始めようとしていたが、１人だけ……？
「どうしたの？ 恭一郎。食器洗い、済んでないんでしょう。恭一郎？」
清音は、その場から動こうとしない恭一郎に、振り返って声を掛けた。妹の成美もキッチンへ行きかけて戻り、兄の顔を覗き込む。
恭一郎は、誰もいなくなった玄関を見つめていた。石像のように体を硬直させ、瞬きを忘れたかのように、瞳を大きく見開いて。
「おにーちゃんっ！」
妹に腕を引っ張られて、我に返る恭一郎。
「やぁーねぇ、おにーちゃんったら」
成美はクスクスと笑う。
「ねぇねぇ、おかーさん。おにーちゃんったらねぇ、きっと『ひとめぼれ』しちゃったんだよぉ。ちいさいおねーちゃんのほうに！」
「なっ！ 何だとぉ、成美ぃ！」
「あたし、しってるもーん。おにーちゃんってば、あのおねーちゃんのこと、じぃーっと、みてたもんっ」
事実、玄関で少女を見た途端、恭一郎は、少女だけを見つめていた。そして、少女も恭一郎を……
「みっ、見てちゃ悪いのかよぉ」
「わぁーい、あかくなったぁ！ ひとめぼれったら、ひとめぼれ！」
「こいつぅーっ！」
恭一郎が拳を挙げ、成美も頭を庇いつつ恭一郎に向かって行こうとしたところで、母の一喝が飛び、取っ組み合いのケンカは回避された。
「恭一郎が何だって？ 成美が騒いでたが」
バラエティ番組が終わったので、悟郎はＴＶを消すついでにキッチンの清音に尋ねた。子供達は手伝いを終えて、それぞれの部屋に戻っていた。
「それがねぇ。成美が言うには、恭一郎が、あちらの下のお嬢さんに一目惚れしたとかなんとか」
小皿に載せてあったおにぎりにラップを掛け、清音はテーブルに置いといて、とキッチンのカウンター越しに悟郎に渡す。
「ほおぅ、そりゃ結構なことで」
「ったく、近頃の子どもはマセガキねっ！」
「そういう、お母さんは、初恋は、いつだったんだ？」
手渡された小皿をダイニングテーブルの真ん中辺に置くと、悟郎は何気に聞いてみた。それは……と、しばらく考えて清音はハッと我に返り、そんな昔の事は忘れましたっ！とエプロンを脱いでトイレへと姿を消した。ちょっと顔を赤らめて。
「そういえば、あの娘、どうしてるかなぁ」
妻の初恋を聞き損なった悟郎は、小学校時代の淡い想いを思い出した。同級生だから今はもう「おばさん」だよな、と新聞を手にソファに座ると番組欄に眼をやった。トイレから帰ってきた清音が、お風呂の催促をする。悟郎は成美を呼んで入浴の準備を始めた。
恭一郎にも順番が回ってきて、湯船に浸かりながら、沙紀という少女の事を思い出していた。
「ひとめぼれ……なのかなぁ…」
好きとか嫌いとか、友人としてならその感情もわかるが、ひとめぼれって、恋って、何だろう？ 恭一郎は考え込んだ。同級生の女の子に対して、顔がかわいいなとか、態度や不意の表情に好意的な感情を持ったことは数知れずあったが、異性として特別な思いを抱いたことは、まだなかった。
翌朝、サッカーの練習に出掛けようと玄関を飛び出した恭一郎の眼に、沙紀の姿が映った。
「お…おはよう……」
恭一郎は少し緊張して、沙紀に朝のあいさつをした。
「おはよう」
沙紀は玄関前の階段に座っていたが、恭一郎にあいさつを返すと、スクッと立って、恭一郎の方へ歩き出した。
「待って！」
練習に行こうとした恭一郎を沙紀は呼び止めた。
「何…？」
恭一郎はドキドキした。
「あのね…変なこと言うかもしれないけど、聞いて。昨日初めて、あなたに会った時、すごく…すごく、懐かしいような、会えて良かったみたいな、とっても不思議な気持ちになったの。どうしてだかわからないけど。夜、ごあいさつに行った時にも、あなたと眼が合ったでしょ？ それで何だか、ずっと前から知っている人みたいに感じたの……」
恭一郎は、驚きの表情を隠せなかった。それを「気分を害した」と勘違いした沙紀は項垂れて、恭一郎に謝った。
「ごめんなさい、朝からヘンなこと言って……」
沈んでうつむく沙紀を見て恭一郎は、あわてて言葉を出した。
「謝ることないよ。ホント言うと、僕も同じなんだ。君と会って、懐かしい思いがしたんだ。なぜだかわからない不思議な感じ。そーかぁ。僕だけじゃなかったんだね？ 良かったぁ！」
恭一郎は緊張が一気に解けて、ほーっと、長い息を吐いた。そんな恭一郎を見て沙紀は、話を合わせてくれただけなのか、それとも本当に不思議な感情は自分だけではなかったのか、よくわからない、いまいち判断がつきかねたが、何となく安心出来て顔に微笑みが戻った。
「お姉ちゃんに話したら、それは『恋』だって言ったけど、そうなのかなぁ……？ だって、あたし、あなたのこと『好き』っていう気持ち、まだ無いもの……」
正直すぎて、聞きようによっては失礼な沙紀の言葉だったが、恭一郎はそんなことを気にするどころか、むしろ同意する気持ちが強かった。
「僕も妹に、ひとめぼれだーって、からかわれたけど、よくわからないんだ」
網に入れたボールを一蹴り。そして言葉を続けた。
「とりあえず君とは、良い友達になれそう…だね？ 不思議体験仲間っていうか……」
恭一郎のその言葉を聞いて、沙紀は満面の笑みで右手を差し出した。ちょっと照れも有ったが、それに応えて恭一郎も右手を出し、握手ほど固くはないが、沙紀の手を握った。
「よろしくね！ 恭一郎君！」
「僕の方こそ……、よろしく！」
運命だったのだろうか？ それとも、約束通り前世の固い絆が、互いの「魂」を呼び寄せたのだろうか？ 藤岡沙紀は、麻宮サキの生まれ変わりだった。前世の記憶は封印されたまま。もちろん、姿形も全然違うが、遠い「過去」は潜在意識となって、２人を結びつける。
こうして再び巡り会った魂を持つ少年と少女は、共に「未来」まで歩んで行くことになる……
＋＋＋『遠い過去の記憶』おわり＋＋＋