そうだったらいいのにな Episode 13「大安吉日 結婚式」
４月１日、新年度スタートの日。日曜日で日柄は大安。そして、待望の、サキと恭一郎の結婚式の日。
婚姻届は既に提出済み。式場に来る途中、区役所に寄って二人で出して来た。戸籍上は、もう“夫婦”である。
「支度は出来たか？ タイムリミットだぞ」
半ば強引に仲人を買って出た沼重三は、自分事の様にソワソワ落ち着かず、さっきから何度も花嫁控室の前を行ったり来たりしていた。
「お待たせ！」
ドアが開き、白無垢に身を包んだサキが由梨夫人に付き添われて姿を現した。何とも形容し難い美しさに、沼は息を呑む。
「サキ…、奇麗だ……」
「やっ★ やだなぁ、沼さん。そんな、照れるよ」
マジで照れるサキ。
「でもねー。カツラは重いし、着物はギュウギュウ締め付けられて、苦しいし。もうダメッ」
美容師さんは苦笑し、晴れ姿に見とれていた沼は呆れ果てた顔でボヤいた。
「ったく！ 始まる前から何言っとるんだ！ ほらほら『旦那』が待っとるぞ」
そんなサキも、恭一郎と並んで神主さんの前に立つと、さすがに胸はドキドキ、手足はブルブルで、思いっきり緊張した。
傍らの恭一郎は勿論、後ろの仲人席で見守る沼夫妻、そして出席者（スガ、アグラ、美鈴、聖子、美尾の遺影、ツグミの遺影、そして速水真澄！）の全員が、カチコチに固まったサキを見て、ハラハラするやら、おかしいやら。
幸いにも式の最中には何事も無く、厳粛な雰囲気の中で終わりを迎えた。サキ以外の全員が、やれやれ……と胸を撫で下ろし、挙式の間を退場する時に、“終わった”という安心感から、着物の裾を踏んでコケそうになったのが唯一の失態だった。
場所を事務所に移して、式の出席者だけで、ひっそりと地味にやるつもりだった披露宴が、入れ替わり立ち替わりの賑やかな披露宴になったのは、口コミで北は北海道から、南は九州・沖縄まで今日の予定が伝わっていたからだった。来るわ来るわ、かつて一緒に戦った大勢の仲間達が祝福に駆け付けてくれた。
大量の客で満員御礼の事務所に、スガは歓喜した。
「もう、バンバン、腕振るっちゃうもんね♪」
失恋の痛手など忘れて料理に没頭！ 張り切って次から次へと皿に盛りつけていった。
沼の家で、アグラ、美鈴、聖子、スガの四人からプレゼントされたウェディングドレスに着替え、お色直しをして事務所に帰って来たサキは、予期せぬ光景に驚き感涙した。
時の過ぎるのは早いもので、予定とはえらく違った披露宴も、そろそろ“お開き”の時間。
「忘れ物は無いな？ 明日は成田まで、見送りに行くから」
仲人というよりは、親。小学生の子供を遠足に送り出す感じで、沼は色々心配する。
タクシーが呼ばれ、主役の二人は都内の某ホテルへ。残った者は主役抜きの二次会、三次会へと、夜の街へ繰り出して行った。
チェック・インを済ませた二人は、いかにも新婚向け♪なダブル・ルームに落ち着くと、ルームサービスでワインを頼み、二人だけで乾杯した。
「良いのかなぁ、あたしだけ、幸せになっちゃって……」
「おまえが幸せになる事が、皆への恩返しだぞ」
ゆらゆら揺れる、赤ワイン。猛スピードで駆け抜けた一日が、終わる……。
サキは、グラスを置いて窓辺に寄ると、カーテンを半分、開けた。ホテルの窓から見る東京の夜景は、いつもより輝いて見える。二人の前途を祝福しているかのように。
「不思議だね。あなたと、こうして結ばれるなんて」
「運命なんて、不思議なものさ」
恭一郎もグラスを置き、サキの後ろから夜景を眺める。
「しかし、長かったなぁ。ここまで『来る』のに」
恭一郎の両手がサキの身体を包む。後ろから抱きしめられたサキは胸の高鳴りを意識した。トクン、トクン。早鐘を打つ。トクン、トクン。
恭一郎は少し首を横へ傾けた。ピクッ。首筋に恭一郎のキスを受けて、サキは敏感に反応した。慌てて、恭一郎の腕から抜け出そうとするサキ。
「シャ…シャワー、浴びて……」
「後で良い。どうせ直ぐに、汗になるんだ」
恭一郎はサキを抱きかかえて離さない。ジタバタと抵抗し、何とか恭一郎の腕から抜けたサキは、化粧を落とさなきゃと速攻でバスルームに飛び込んだ。
「一緒に入って良いか？」
バスルームのドアの向こうで、うわずったサキの声が“ダメ！”を連発していた。クスクスと笑って恭一郎はイスに腰掛けて、グラスに残ったワインを飲み干した。
誓約書で一年以上待ったことを考えれば、ほんの二～三十分なんて、何でもない。
「本命には奥手、か……。だから、待てたのかな」
かつて、美尾に言われた“図星”の言葉を恭一郎は口にした。本気で惚れたサキに対しては、大切にしたい余り、慎重になっていた自分をみごと言い当てた言葉だったな、と今になって思う。
プレイボーイと呼ばれていたが、全ては遊びの範囲でしかなかった。遊びで、社交辞令で、情報収集で、口説いたことは数知れないが、実際に肌を重ねたことなど、なかった。
恭一郎が、最後に男の本能を発動させたのは、ロンドン警視庁を退職し、日本に帰国する前夜。かれこれ七年も前になる。しかも、相手は公私共に世話になった女性だったが、恭一郎自身には恋愛感情は無かった。
惚れた女を抱くのは、恭一郎も“初めて”の体験で、不安がないわけではなかったが……。
「成るように成る、よな？」
これまでも何度となく本能が頭をもたげたのだから、ブランクがあるとはいえ、大丈夫だろう。それより、初めてのサキを優しく気遣いながら、自分も満足できるように、最善を尽くすだけだと、恭一郎は当たり前の結論に至った。
シャワーに打たれながら、サキは美鈴や聖子が教えてくれた“心構え”を思い出していた。ウブというか、そっち方面には鈍そうなサキを心配して、それとなくレクチャーしてくれたらしい。落ち着くどころか、鼓動のスピードが余計に早くなったような気がした。
「うわっ、しまった！ パジャマ……」
恥ずかしさ大爆発な気持ちだったが、バスルームに籠もっているわけにもいかない。バスタオルを巻いたままの姿でサキは足音を忍ばせて、そーっとバスルームを出た。出て、すぐに、恭一郎と目が合った。
「いやっ、見ないで、恥ずかしい★」
「まだ、見ないよ。俺もシャワーを浴びてくる」
恭一郎は、出しておいたパジャマを持って、バスルームに入っていった。
「ふー、さっぱりした」
暗闇警視から贈られたペアパジャマに着替えて、恭一郎がバスルームから出てきた頃には、サキも、しっかりパジャマに身を包み、ベッドの端に座って、足をブラブラさせていた。
先ほどの慌てぶりが嘘のように、落ち着いた感じに見えた。実際、落ち着いていたのだが、恭一郎が出てきたことを知ると、再び、ソワソワと動き出した。鬼ごっこでもするように、ちょこまか動くサキを恭一郎は追いかけて追いかけて……。
「捕まえた！ 今度は、逃がさないぞ」
「キャッ★」
サキは、恭一郎に抱き上げられ、ベッドへと連れて行かれた。
「愛しているよ。俺の、かわいい奥さん」
恭一郎の唇は、サキの唇から右の耳へと移動していく。と同時に器用な手は、片手で充分といわんばかりに、サキのパジャマのボタンを一つずつ外していく。
右の耳から、そのまま右の首筋へ。首筋から胸元へ。胸元から更に、その下へ。
「あ……、神…」
「ほらほら、『神』じゃないだろ？ 『恭一郎』だ」
「あ…ん……、恭一郎……」
「そうそう。おまえだって、今日から『神』なんだぞ。わかってるか？」
「ん…、わかって…る…けど……」
ついつい、名字で読んでしまう今までの癖は、なかなか直りそうにない？ そんな会話のうちに、サキはすっかり脱がされていた。
「あたし……」
緊張と恥ずかしさで震える“少女”の中にも、敏感に反応する艶やかな“女”の部分が垣間見え、恭一郎の心は高揚する。
「きれいだよ、サキ……」
そして、夜は更ける。
翌日、二人は、大勢の見送り人の“いってらっしゃい大合唱”を受けて、成田から新婚旅行に飛び立った。
まずは、ニューヨーク。Mr.ゴルドの所へ……。
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