Fanfic. Sou】Epi.14 蜜月は甘くない?

そうだったらいいのにな Episode 14「蜜月は甘くない?」

何度も時計に目をやっていたMr.ゴルドは、待ち人の到着の知らせに目を輝かせた。
「久しぶりだね。……父さん」
“サキ”として、面と向かってMr.ゴルドのことを“父”と呼ぶのは初めてだったので、少し照れがあったサキだったが、Mr.ゴルドは直に サキから“父”と呼ばれたことに、この上なく幸福を感じていた。
旅の疲れと時差ボケを考慮して、その日の夜はゆったりと三人だけでのディナーだったが、次の日の夜には、Mr.ゴルドが心を許した極々親しい人たちを招いて、ささやかなパーティが行われた。サキはMr.ゴルドが見立てたウェディングドレスを着て、恭一郎はタキシードを着せられて、二度目の披露宴を楽しんだ。
Mr.ゴルドは、ジミーも招待したらしいが、未だ勉強中の身だから、と辞退してきたという。ロサンゼルスでサキに突き放されたあの日から、ジミーは人が変わったそうだ。父の跡を継ぐために猛勉強し、今はシカゴで研修中だという。代わりに、豪華な花束が贈られてきた。
ゴルド邸で三泊した後、ナイアガラへ飛び、アニーにも会った。意中の人を見つけたアニーは、いずれ彼と二人で叔父のドライブインを継ぐという。

ナイアガラから再びニューヨークへ戻り、ロンドンへと旅を進めた。ニューヨークがサキの第二の故郷なら、ロンドンは恭一郎の第二の故郷。しかし、そのロンドンで、予定を遥かにオーバーして東奔西走する事になるとは、二人とも思っていなかった。

ヒースロー空港に降りたって、恭一郎は新聞を何紙か買い求めた。その中の一紙の、ほとんどの人が読み飛ばすくらいの小さな記事に、恭一郎の目が釘付けになった。
「まさか、そんな、バカな…」
抱えていた新聞をサキに渡すと、恭一郎は公衆電話の場所に走っていた。訳が分からず、一緒に付いていくしかなかったサキ。電話を終えて、そのまま空港を飛び出そうとした恭一郎を制御したのは、サキだった。
「ちょっと待ってよ。何だか大変な事態らしいけど、スーツケース、まだ受け取ってないよ」
サキのその一言で、恭一郎は普段の冷静さを取り戻した。
「ありがとう。助かったよ、サキ。焦っても、どうにもならない」
記事は老夫婦の失踪を伝えていた。その老夫婦の夫は、恭一郎がロンドン警視庁に勤務していた頃の上司で、新人で、しかも国籍が日本の恭一郎のことをプライベートでは親身になって世話してくれ、警察官としては厳しく指導してくれた恩師だった。度々、夫婦の家へ遊びに行き、夫人にも本当の息子のように優しくしてもらった思い出があるという。
スーツケースは受け取ったものの、持っていては動きにくい。早々とホテルにチェックインしようか、と二人で相談しているところに、一人の男が近付いてきた。
『着いたばかりだって言うから。荷物預かるよ』
先ほど恭一郎が電話した、ポールという名の情報屋だった。
『それから、[コットン キャンディ]に行くと良いぜ』
新しい情報なのか? ポールは付け加えた。
『彼女、まだ……?』
恭一郎は、驚いた表情でポールを見た。
『ああ、バアさんの跡を継いで、オーナーやってるよ』

ロンドンの、とある歓楽街。迷うことなく恭一郎は歩いていく。サキは迷子にならないように、早足で恭一郎の後を着いていくのが精一杯だったので、そこが“特殊な通り”だとは気付いていなかった。
[**  COTTON CANDY  **]
と書かれた、白いドアの前で恭一郎は立ち止まり、ゆっくりドアを開けた。
『お帰りなさい、キョウイチロウ。話はポールから聞いたわ』
ドアを開けると、入口正面のカウンターにいた女性が、間髪を入れずに話し掛けてきた。真っ赤な口紅が印象的な、恭一郎より少し年上と見られる、艶やかな女性。
『お久しぶりです。お変わりありませんか?』
『あの頃と変わらないわ。もう七年になるのかしら?』
そう言って女性は、恭一郎の傍らにチラッと目をやった。
『そちらが?』
『ええ、妻のサキです』
紹介されたことが、それとなくわかったのか、サキは女性に向かって、ペコリと頭を下げた。
『まだ、かわいらしいお嬢さんね。でも、あなたが認めたんですものね』
サキの挨拶に笑顔を返した女性の瞳は、だが、冷たく光っていた。もっともサキは、それに気付く余裕を持っていなかったが。
『それより……』
恭一郎は肝心の情報を急がせた。
サキは横目でチラチラと部屋の中を観察する。カウンターの中には何種類もの酒のボトルが並んでいた。カウンター向かって右手には、テーブルが一つとイスが何脚か置いてあったが、部屋は狭く、客が4~5人も入れば、満員御礼になってしまいそうな空間だった。サキは“小さな酒場”と思ったため、カウンター向かって左手のドアが意味している、その店の“正体”を見破れなかった。
『あなたの予想通りよ。危害までは加えてないわ。ここに行って、ジョシュアという若造を締め上げれば、線が繋がるでしょうね』
その女性は、小さなメモを恭一郎に渡した。
『ありがとう…、キャサリン』
メモを受け取ると、恭一郎は“COTTON CANDY”を飛び出した。サキは女性に軽く頭を下げ、恭一郎の後を追った。

空港に帰ってきた二人は、ポールにスーツケースを運んでもらい、ホテルにチェックインした。
『キャサリンの情報なら確かだ。焦らない方が良いぜ。じゃ、また何かあったら連絡してくれな』
ポールとはホテルのロビーで別れ、ベルボーイにチップを渡して二人きりになった途端に、恭一郎は外線電話を掛け始め、受話器を置くと出掛ける支度を始めた。一連の動きを見ていたサキは、たまりかねてドアの前で通せんぼした。
「あたしも、行くっ!」
「疲れているだろう? 休んでろ。夜明けまでには、帰ってくるから」
「足手まといに思ってるんだろ?」
「そうじゃないが、慣れない土地で、言葉も分からずに……」
「それが、足手まといってことだろ? 付いていく! 来るなって言われても付いていく!」
恭一郎は負けた。サキの迫力に負けた。
「……分かった、付いてこい。俺のパートナーになったんだからな。ただし、はぐれたら、容赦なく置いていくぞ」
「おうよっ! 言葉が通じなくたって、当たって砕けろ!だ!」
勇んで両手首にヨーヨーを装備して、サキは恭一郎と並んで部屋を出た。
恭一郎は、過保護になっていた自分を反省した。英語を話せなくても、彼女は追ってきたじゃないか! ナイアガラまで、ロサンゼルスまで!

的確な情報と恭一郎の活躍で、三日後に老夫婦は無事に救出された。おまけに、老夫婦の失踪事件が、ある迷宮事件までも解決してしまった。二年前、その元上司が定年退職する直前に起きた強盗事件だったが、証拠らしい証拠が何一つ出てこなくて、警察はお手上げ状態だった。元上司は、些細な引っ掛かりと長年培った警察官としての勘を頼りに、退職後もコツコツ調べていた事件だった。
失踪事件が大きな手がかりとなり、また、恭一郎も協力したので、一気に解決へ向かったらしい。
全てが終わるまで、もちろんサキも、恭一郎の後を付いて走り回った。ヨーヨーを振り回しての派手な立ち回りも、一度や二度ではなかった。そうやって二人でロンドン周辺を東奔西走したので、当然、滞在期間が当初の予定より長くなり、その後の日程が大幅に狂った。
それでも、やはり訪ねる予定の所は全て回ったので、結局、二週間の予定が延びに延びて一ヶ月となり、現地時間で4月30日、イタリアから成田行きの飛行機に乗った。

「二人だけの、甘い甘いハネムーンなんて、コマーシャルの中だけだね」
日数が延びた分、それなりに甘い一時を楽しみ、夜は夜で新婚特有のエキサイトさを楽しんだはずなのだが、成田に帰ってきて、正気を取り戻したかのようにサキは呟いた。
結婚式場のCMで漠然と思い描いていたイメージとは、だいぶズレていたことに気付き、溜まった疲れも手伝って、そう呟かずにはいられなかった。
「普通の男じゃなく、『俺と』結婚したからな。甘いだけ、の生活は……」
「わかってるよ。わかってるから、何となく夢見ちゃったんだよ。新婚旅行に、ね…」
スーツケースをガラガラと引いて、タクシー乗り場に向かう二人。そこへ、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「もしもし、プリティな若奥様! 荷物をお持ちしましょうか?」
二人が振り向くと、手ぶらのムウ=ミサが、サキの後ろに、ぴったりマークしていた。
「なぜ、おまえがここにいる!? オーストラリアじゃ、なかったのか!?」
ムウ=ミサを認識した瞬間、恭一郎はサキを庇うように自分の背後へサキを押しやった。
「仕事終わったから、帰ってきたのさ。直帰なんで、ちょーっと空港内をウロウロしてたら、運命の悪戯か、おまえたちを見つけて」
恭一郎には刺々しい笑みを投げ掛け、サキには会えて嬉しいという意思表示をするムウ=ミサ。
「私たちも『直帰』だから、これで失礼させていただくよ」
恭一郎としても、日本に帰ってきた今夜くらいは、何もかも忘れて、くつろぎたいと思っていた。ゆったりとサキと寄り添い、旅の疲れを癒したいと思っていた。
が、何の因果か、帰国早々に出会ったのは……。
「ふふん。手紙に書いただろ? 帰ったら、たっぷり『おジャマ虫』するって」
恭一郎は、ムウ=ミサの言葉を無視して、サキの腕をグイッと引っ張って、タクシー乗り場へ向かおうとする。追い掛けるムウ=ミサ。

帰国後の“ほろ苦さ”に比べたら、蜜月中は単に甘さが少なかっただけのような……?

<蜜月は甘くない? END>

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