Fanfic.】アマリリスは艶やかに咲く

このお話は「アマリリスと共に～海の決心～」の続編になります。未読の方は先にそちらをご覧ください。

§１　ジュニア＆ミザリー＆ファントム
　南海の小島。ジュニアと出た世界旅行で、ミザリーが一番気に入った場所だ。空や海は青く澄み、色とりどりの花が咲く楽園。
「久しぶりだな。ご招待、ありがとう」
　近くの本島から出ている定期船が、港に着いた。ファントムがチコを抱いて船から降り立った。
「ファントム！　久しぶりっ、変わりない？」
　ミザリーが歓迎の意を表して、ファントムに抱きつく。ウォホンッとジュニアが咳払い。
「よう、ジュニア。元気そうだな」
　明日の午前11時、この島の小さな教会でジュニアとミザリーは、晴れてウェディング・ベルを鳴らす。ファントムは、立会人として招待された。ジュニアとミザリーも泊まっている、港から近い島のホテルにファントムもチェック・インするため、ホテルへ続く一本道をのんびりと三人で歩き始めた。
「結婚するって事は、ミザリーの体は？」
　愚問と思ったが、ファントムは聞いてみた。
「もうバッチリ！　キスはもちろん、その先だってＯＫよん♪」
「確かめたのか？」
　ファントムはニヤッと笑った。
「あ・た・り・ま・え！」
　ミザリーは得意気で、立てた右手の人差し指をチラチラさ、右目をウィンクさせた。
「ミザリー！　余計な事は言わなくていい！」
　ジュニアの顔は照れて真っ赤だった。
「良いじゃなーい。念願の『普通の女』になれたんだもーん」
　人目もはばからず、ジュニアに抱きつくミザリー。ファントムは当てられっぱなし。
「……これもスガちゃんのお陰よ。スガちゃんが、薬の処方箋と、わからないことが有ったら、香港の連妙寺家に連絡するようにって、メモを残しておいてくれたから…」
　ミザリーの顔に陰りが走った。スガの名前を耳にして、ファントムもフッと顔を曇らせた。
「あれから、二年か……」
「そう、あれから、もう二年……」
「湿っぽい話は、よそう…」
　ジュニアの提案に、二人はうなずいた。
「ところで、招待されたのは俺だけか？」
　ジュニアとミザリーは、首を横に振った。
「海にも招待状を送ったわ。でも出席できないって、叔父さんていう人から返事が来たの。亡くなったからって…。あれから、すぐの事らしいわ」
「海が死んだ？」
　ファントムは信じ難い顔をした。
「アマリリスを探す旅に、出たかもな…」
　ジュニアが、冗談とも本気とも取れる言葉を漏らした。

　ホテルのフロント。ファントムはチェック・インの手続きをしている。ジュニアとミザリーは横で見ていた。
「ジュニア様に、お届け物がございます」
　フロントスタッフの言葉に、顔を険しくさせるジュニア。
「先程、ご友人とおっしゃる方が、お二人、お見えになり、これをお渡しするようにと預けていかれました。結婚のお祝いだそうです」
　クロークの棚から取り出された、花束と衣装ケース。ジュニアも、ミザリーも、ファントムも、その花束に目を奪われた。三人とも花の名前を知っていた。知っていたからこそ、声を出せないでいた。花の名はアマリリス！
　その場でミザリーが衣装ケースを開ける。中には『炎の花』と、ピンク色のカードが入っていた。

　【結婚おめでとう！　これは私たちからのお祝いよ♪　末永くお幸せに】
　≪怪盗アマリリス＋Ｋ≫

「二人と言ったな？　日本人の男女か？　特徴は？」
　ジュニアが詳しい事を聞き出そうとした。
「日本人かどうかは、私にはわかりかねますが、お二人とも東洋系の顔立ちの、若い男女のカップルの方たちでした」

　ジュニアとミザリーは自分たちの部屋でファントムも交え、衣装ケースを囲む。もう一度、落ち着いて、衣装ケースを開け、取り出した『炎の花』を広げてみるミザリー。アマリリスがイベント・ウェディングで着ていた物と寸分変わりない。ダミーを通じて『花連』に渡った本物の『炎の花』だ。
「本物の、本人よね？　幽霊じゃないわよね？　この『＋Ｋ』っていうのも……？」
「だろうな」
　ミザリーの疑問符に、ファントムは、あっさりと答えを出した。
「本当に旅に出て、そして見つけた。幽霊が、幽霊を……」
　ジュニアの顔は、笑みで緩んでいた。

　翌日、ファントムを立会人に、ミザリーは贈られた『炎の花』を着て、アマリリスの花束を持って、愛するジュニアの横に立った。

§２　黒狼
　東京の藤野病院で二年前、足の手術を受けた有希子は、今は夫となった九鬼秀臣（＝黒狼）にサポートされ、毎日リハビリに励んでいた。秀臣もアトラクシアから帰った後は黒狼を封印し、慣れない会社勤めをしながら、献身的に有希子のリハビリを手伝っていた。
「ここまで、良くがんばりました。今日を最後の診察としましょう」
「良かったわね。おめでとう」
　藤野医師は笑顔で有希子に『リハビリ終了』を宣告し、看護師たちは口々に祝いの言葉を贈った。

　診察を終えて、待合室へ戻って来た二人を、受付事務員が「九鬼さん、九鬼さん」と呼び止めた。
「今、ついさっき、お友達が見えて、これを渡してくれって頼まれました」
　事務員は、花束と小型トランクを持って来た。
「まあ、きれい。これはアマリリスね」
　花の名前に疎い秀臣は、有希子の発した「アマリリス」の言葉にハッとし、トランクを開けた。あの時、椎崎家の地下ロフトに置いてきたはずの『蜘蛛女のキス』が、ピンクのカードと共に中で眠っていた……

　【もう一度、競い合いたかったけど…有希子さんとお幸せに】
　≪Ａ＋Ｋ≫

「もうすぐ診察が終わりますから、お会いになっていきませんか？　って言ったんですけど、急いでいるからって、すぐ帰られました」
　事務員は玄関の方を眺めた。秀臣は誰なのか知りたかった。アマリリスから想像できるのは、ただ独り。本当に自分の想像したとおりの人物なのか？　慌てて秀臣は事務員に聞き返す。
「そいつは若い女でしたか？　連れも居たかな？」
　事務員は笑顔で何度か首を縦に揺らした。
「ええ、そうですよ。まだ若い、高校生…うーん、大学生くらいかな。仲の良いカップルでしたよ」
　秀臣は事務員に礼を言って、先に待合室のソファに座っていた有希子の隣に腰を下ろした。
（あいつか。幽霊を見つけるとは、大した根性だ）
　元ライバルとそのパートナーの健在を、秀臣は素直に喜んだ。その喜びようが有希子には不思議で、自分には心当たりがない若いカップルや贈り物も気になった。
「その方たち、秀臣さんのお知り合い？」
　有希子はアマリリスの花の香りを嗅ぎながら、秀臣に聞いてみた。
「ああ、幽霊のな」
「幽霊……？」
　予想もしなかった幽霊という単語。全く意味がわからず、次の言葉が出て来ない有希子に、秀臣は微笑むだけだった。
「結婚式は、いつが良い？」
　話題を変えようと思ったわけではないが、リハビリが終わったら言おう、と思っていた言葉を有希子に投げ掛けた。結婚式だなんて、そんな今更……と、有希子は口ごもる。足の手術後、婚姻届を出し、ささやかだが友人を招いてパーティーをした。それで十分だと有希子は思っていた。しかし秀臣は有希子にウェディングドレスを着せたかった。治った足で、ゆっくりと、ウェディングドレスを着た有希子が自分の横を歩くのを、秀臣は見たかったし、みんなに見せたかった。
「ウェディングドレスを着て歩く、有希子が見たいんだ」
　コクンとうなづいた有希子の瞳から、涙が一粒落ちた。

§３　戸川城太郎＆戸沢白雲
　相変わらず外界との接触を極力避け、山暮らしをしている戸川城太郎と戸沢白雲。何かにつけて、互いの家を訪ねあっては、昔話を肴に酒を酌み交わしていた。

　戸の外に人の気配を感じた戸川は、気軽に声を掛けた。
「白雲か？」
　何の返事もない。誰も入って来ない。慎重に外の気配を感じ取り、戸を勢いよく開けた。そこには猫型のミニ気球が、ふわふわ浮いていた。吊り下げられたカゴには、一輪の花とピンクの封筒、それにＣＤが埋もれて入っていた。
「これはアマリリスが使っていた…。この花は確か、アマリリス！」
　予期せぬ出来事に、珍しく慌てる戸川は、震える手でピンクの封筒を開ける。

　【戸川先生ごめんなさい。　　　　　　　　　　　　　　　　】
　【用意してくださった新曲を歌わないまま、去ってしまって。】
　【ダミーから楽譜を受け取り、アカペラですが歌いました。　】
　【聞いて下さい。ＦＤナナの最後の歌声を。　　　　　　　　】
　【いつか私たちに娘が生まれたら、ＦＤナナ二世として　　　】
　【デビューさせたいです。（なんちゃって）　　　　　　　　】
　【戸沢先生にも、よろしくお伝え下さい。　　　　　　　　　】
　【声斬波、とても重宝してます。　　　　　　　　　　　　　】
　≪ナナ＆海≫

「白雲！　白雲！」
　ＣＤと手紙を持って、戸川は戸沢の家の戸を叩いた。戸沢がデッキにＣＤをセットした。
「勝利の歌として、ナナには内緒で作った曲だ。アトラクシアから帰ったらレコーディングする予定で、江の木くんの詞も完成していた…」
　アトラクシアへ行っている間に、江の木からダミーナナへ渡り、そのままダミーが持って行った楽譜。
「やはり生きていたんだね。ナナは」
「この歌声は本物だ。惜しいな…。わしの歌を完璧に歌いこなせるのは、フラワードリーム・ナナだけなのに…」
　ナナの『生』を喜ぶ一方、作曲家としてガックリ肩を落とす戸川。いやいや、と戸沢は笑った。
「落胆するのは、まだ早いぞ。娘を期待しようじゃないか。長生きせんとな…」
　次は二世誕生の報告だな、いつだろう、と盛り上がる。
「しかし、海の奴ときたら水臭い。わしらまで、一杯食わされた訳か」
　ナナが消えたショックを癒しに、海は山へ登った。好きな星を見るため独りで。そのまま遭難して、帰らぬ人となった…というのが、二人が聞いていた『表向き』の話。
「結果オーライか…。江の木くんも、ゆかり君のマネージャー兼作詞家で、忙しそうだし」
　黒いオークションのゴタゴタから、ついにマナベプロは倒産。すんなりアーサープロへ移籍できた黒沢ゆかりは、一年後、男の子を出産した。仕事は最小限にセーブしているが、ステージは以前よりも増してパワフルだ。
「元々、アーサープロからデビューするはずだったんだ。水を得た魚のようだよ。ゆかりの『ママドル』ぶりも、大したものだ」
　思い出話に花を咲かせながら、二人はナナの歌声に酔いしれた。

＜終わり＞