そうだったらいいのにな Episode 9「一枚の写真」
右側の内ポケットに入れてから２時間ほど。市販の白い洋封筒。サキの尾行を撒き、雑踏の中でムウ＝ミサが渡してくれた物だ。
サキから聞いていたが、まったくマジシャンだな。彼の右手が内ポケットに伸びたかと思うと、次の瞬間には、内ポケットから取り出したらしい小物を、俺の左手に滑り込ませた。
あの状況で、“俺に”渡したということは、サキに関係があり、しかも、サキ本人には“見られて困る物”だと即座に判断した俺は、その小物を内ポケットへ入れた。重要物専用の、特注で右胸裏に作った内ポケットに。
「話すか話さないかは、おまえに任せるが、言わぬが花、かもな」
そう言って、彼は人混みの中に消えた。
「帰ってこないうちに」
サキが、スガと一緒に夕食の買い物に出かけたのを見届けて、書斎へ入った。机の引き出しを開け、取り出したペーパーナイフで封を切る。中からは、一枚のインスタント写真と、短い文章が綴られた紙片が出てきた。
信楽老と関わったために 一生 軟禁生活が続くそうだ．
場所は教えられない．言えるのは「刑務所の中ではない」
ということだけだな．体調は良好．年齢相応の健康体だ．
紙片の文は、サキと被写体の“隔たり”が、何を以てしても縮まらないことを意味していた。口にこそ出さないが、サキにとっては、今も気がかりなことだから、生きていることだけでも知らせた方が良いだろうか？ だが、生きているとわかれば、会いたくなるのが人情。特にサキは……。
生きていても、会うことを許されない。なら、答えは、ひとつ。
「確かに、言わぬが花、だな……」
写真を二つに裂いて、ライターで火を付ける。小さな炎が写真を包み、灰皿の中で燃えていく。紙片と封筒も一緒に燃やした。
全てが灰になった。火が消えたことを確認して、灰をゴミ箱に捨てた。
「さてと、どうやって『借り』を返そうか？」
煙草に火を付け、一服する。サキやスガに怪しまれずに、４人分の“調査書”を渡す方法は、あるだろうか？
「まあ、プロ顔負けの腕だから、何とかなるだろう」
静かだった事務所の中が、急に騒がしくなった。
「帰ってきたか」
俺は煙草をくわえたまま、急いで書斎を出た。
＜一枚の写真 ＥＮＤ＞