そうだったらいいのにな Episode 1「闘いの果てに」～４：闘い～
いつの日か表から“黄金龍”をこの手に包み込もうと、自然が作り上げた屈強の岩棚に“梁山泊”の名を付け、様々な作戦に対応できるシステムを作り上げてきた信楽老は、そのシステムの作動装置が集まったコントロール・ルームに一歩入るなり、中の惨事を目の当たりにして顔を歪ませた。
システムの起動装置のほとんどが破壊され、使い物にならなくなっている。エレベーターの中で碧子が放った「あなたには、この国は渡さない」の意味は、これのことだったのか、と険しい表情で出入り口付近から破壊された装置類を見渡した。
「碧子め、やりおったな」
ざっと一眺めして、それでも所々、たいして傷を負っていない部分があり、しかもそれが“今の自分に必要な”部分と“黄金龍を再生させる”部分だと悟ると、信楽老はフォッフォッフォッと低い笑いを漏らした。
「だが、まだまだ『詰め』が甘かったのぅ」
勝ち誇った顔で動作可能なスイッチを一つ、二つ、ＯＮにする。すると、人が一人通れるほどの幅で壁の一部が上がり、その奥に出現した、何かの乗り物のコクピットのような椅子。それは非常時脱出用のライフポッドの内部だった。
「念には念を、と作っておいて正解じゃった。これさえ残っていれば、わしの身は安泰じゃ。後は野となれ山となれ…」
せり上がった壁に出来た“通り道”を抜け、卵形の脱出用ライフポッドを見上げる。日本内部から黄金龍を再生させるための計画は、サキによって砕かれた。この梁山泊も、もはや修復不可能なほど、破壊が激しい。となれば、早く見切りをつけて脱出し、外から攻め入った方が得策というもの。十中八九、使うことは無いと思っていた脱出用ライフポッドと梁山泊破壊装置だったが、これら二つに、信楽老は自分の明日を賭けようとしていた。
コントロール・ルームに戻り、特別に設けてあった秘蔵コレクション棚から、一番愛着のある刀を取り出し、これで未練はない、と梁山泊そのものを破壊させる、爆破装置のスイッチに手を掛けたその時！
「自分独りで逃げようってか？ そりゃあ、ムシが良すぎるぜ！」
背後に声を聞き、驚いて、信楽老は大きく目を見張ったまま振り向いた。視線はコントロール・ルームの入り口に。そこには、サキと神が立っていた。
「チィッ、ここまで来おったか！」
信楽老は別のスイッチを押して身を翻した。壁が降りる。
「しまった！」
素早く、閉まらないうちに！ 下を滑り抜けようとするサキを神は止め、ポケットから手榴弾を取り出した。
「最後の一つだ」
歯に引っかけ、クイッとピンを抜くと、降りる壁に向かって投げる。
ズガァァーン……。爆音が響く。壁は？ 信楽老は？
「やはり、どうしても！ 殺り合わねば、ならぬようだな……」
愛刀を持った信楽老が、煙の中から現れる。鞘から刀身を抜き、キラリと光る真剣を構えた。
チャッ。銃を構える神を、今度はサキが制した。
「神、今度は、あたしに任せてくれない？ その傷で、歩くことさえも、今は苦痛なんだろ？」
分かっていたか…。神は、眉を歪め、苦笑する。
「情けないが…な。チャンスが有ったら、撃って良いか？」
「もちろん！」
神は側の壁に寄り掛かり、サキは信楽老の前に立った。
「二対一じゃ、不公平だろ。それに神は、てめぇに撃たれた傷で、思うように動けない。あたし独りが相手だ」
「良かろう。だが、後悔するぞ！」
信楽老は走りだすと、サキに向かって刀を振りかざす。左、右、左、右……、刃先が左右に揺れ、サキの身体を切り裂こうと執拗に追い掛けてくる。
サキも負けじと素早く刃先とは反対方向に身体を避けながら、二つのヨーヨーを駆使して応戦する。
神は撃つ機会を狙っていたが、震える手では照準が定まらず、サキを気にして引き金に指を掛けたままだった。
「何故？ そこまでして！ わしを倒したいのだ？ わし独りを倒したからといって、世の中の悪は、滅びることは無いぞっ！」
「そんな事じゃねぇ！ あたしは『仇』を討ちに来たんだ！ てめぇの、ロクでもねえ野望に利用され、はかなく命を散らしていった、仲間(がくせい)達の仇を！」
「何じゃと？ おまえは、学生達のためだけに、ここへ来たというのか？」
「当たり前だ！ 忘れるんじゃねぇ！ あたしは、学生刑事だーっ」
サキの手を伝わって全身の怒りが集結した二つのヨーヨーは、炎をまとったかのような熱さで空を裂き、信楽老を捕らえる。ドスッ！ バキッ！ 炸裂したヨーヨーは時間差で信楽老の腹部に、顎に命中し、見かけには似合わない、その頑丈な身体を宙に舞わせた。
「やったか……」
仰向けに倒れた後、動かなくなった信楽老を凝視したまま、サキは荒い息を整えようと肩を大きく上下させて、何度か深呼吸する。刀を握ったまま、ピクリとも動かない信楽老。勝利だ！ ふぅーっ、最後に深呼吸した息を安堵の溜め息に変えて、サキは信楽老に背を向けて、笑顔で神の元へ歩きだした。
「サキっ、危ない！」
「え…？」
「後ろだっ！」
何が何だか分からなかったサキは、神の叫びに後ろを振り返る。倒したはずの信楽老がムックリ起き上がり、サキの背中を目がけて、刀を振り下ろしてきた！
サキはヨーヨーを投げようとするが、だめだっ！ 間に合わないっ！
ズギューンッ。
キィィーンッ。
「何っ？！」
信楽老は愕然とした。無理もない。神の撃った銃弾が、信楽老の刀を砕き、サキを危機から救ったのだから。
「ばっ、馬鹿なっ！」
信楽老の顔は、蒼白だった。
「貫け、ヨーヨー！ 奴の額と心臓を！」
銃弾が愛刀を砕いた。それは信楽老にとって、全くの予想外の出来事だったのだろう。呆然とその場に立ちつくす信楽老めがけて、サキは二つのヨーヨーを放つ。ヨーヨーはサキの言葉通り、的確な場所を攻めて止まった。信楽老の額からは血が流れ出し、肋骨を何本も折って、心臓に食い込む。
「な…流れてゆく……わしの、わしの血が……」
ズズッ、ズズズズズーッ……。信楽老の体は、ゆっくり、今度はうつ伏せに倒れ込み、二度と、起き上がることはなかった。
＜つづく＞