そうだったらいいのにな Episode 1「闘いの果てに」～１：再会～
度重なる爆発が、冷たい岩盤に覆われた自然の要塞の中に、人工物の焦げた匂いを充満させる。あちこちに散らばる、機材の破片や爆発で剥がれ落ちた無数の岩。そして爆発に巻き込まれ、動けなくなった私兵たち。戦火の渦巻く梁山泊は、信楽老の “最後の砦” としての機能を失いつつあった。
通信経路が絶たれたため、私兵たちは各自の判断で行動していた。そのほとんどは、我先に脱出しようと逃げ惑う奴らだったが、一部の忠誠心篤いエリート私兵たちは、異端者を見つけると銃口を向けた。殺るか殺られるか！ そんな極限状態の中で、一つの奇跡は起こった。
誰か来る！ 爆煙の中に人の気配を感じ、神恭一郎は銃を構え、霞む眼を凝らして相手を見極めようとしていた。無駄な労力を使わないためにも一発必中が鉄則だ。一瞬で良い、見えてくれ！ チャンスを！ 神は眼と指先に神経を集中させる。
爆煙が途切れ、その先の階段を人が駆け下りて来る。神の眼が、正常に人の顔を判別した。それは、愛する少女の顔だった。
「サキ！」
自分を呼ぶ声に、少女は立ち止まって、声のした方を見る。
「神！」
「来たのか、おまえも。ここへ……？」
「うん…、来たよ……！」
「そうか、来たか……」
起こった奇跡に、ただただ感謝し、麻宮サキは残りの階段を一気に駆け降りる。神の元へと急ぎ走る中で、サキは “ある事” に気づいた。そうだ、確かに神の方から先に自分を呼んだ。だから立ち止まった。自分の名前を呼ばれて立ち止まったんだ！
変わらぬ優しい笑顔で、自分を待っている神の、その瞳は…？ サキは、あと一歩の手前で立ち止まり、神の瞳を見つめる｡
「眼…見えるようになったの？」
「ああ。まだ少し霞むが、今は見える。おまえの顔もハッキリとな！」
両手を広げる神。飛び込むサキ。重なり合う唇。長い長いブランクが、二人を熱くする。
「じゃあ、この騒ぎ、神と碧子の仕業だったのか」
「彼女も恨みがあるからな。真の首領・信楽老に」
神の眼が、鋭く光る。今までの苦い思いが、一気に込み上げてくる！
「行くか…？」
「…うん……」
コクリ、うなずくサキ。
ピーンと張り詰める空気。漂う緊張感。互いに愛し、信じ合い、共通の “敵” を目指して一歩を踏み出そうとした、その時だった。
「よくぞ、ここまで来られたものよのぅ。誉めてやるぞ。神恭一郎、麻宮サキ！」
煙の向こう、サキが降りてきた階段とは正反対に位置する階段の、最上段に見える人影は……！
「信楽老！」
サキが叫ぶ！ 同時に神は左手でサキをドンッと押し離し、右手でホルスターを探る。クルッと反転しながら、信楽老に照準を定め、引き金を引く！
ズギューン―……
しかし。わずかの差で、信楽老の杖に仕込んであった銃弾が先に、神の左肩に深くのめり込んだ。撃たれた衝撃で銃は手から離れ、ゴトッと音を立てて床に落ち、神自身はガクンと膝をつくと、その場に崩れた。
「神！」
悲鳴にも近いサキの声。危機も忘れて、神を抱き起こそうと駆け寄った。
「大丈夫…肩をやられただ……け…」
自力で起き上がろうとした神は、撃たれたショックで体の自由を奪われ、サキの腕の中に身を預ける。
フォッフォッフォッ。不気味な笑い声。
「しぶとい奴だな。だが今度こそ、二人一緒に地獄へ送ってやる」
ふたたび、信楽老の銃口が、サキと神を狙った。
偶然、美鈴を見つけたムウ＝ミサは、自分の任務をいち早く終わらせると、美鈴と共にサキの捜索に出た。予想どおりサキは来た。この際、信楽老などクソくらえ。無事にサキを脱出させなければ！と、フラれても、惚れた相手を第一に考えるムウ＝ミサ。美鈴もまた、さっきはサキに助けてもらったのだから、今度は自分がサキを助けるんだ！と、傷の痛みをこらえて頑張る。
必死の思いで、梁山泊を下へ下へと探し降りて来た二人は、ついに目的のサキを見つける。
「ムウ＝ミサ！ あそこ。サキよ！ それに、倒れているの神さんじゃない？」
ムウ＝ミサは、美鈴の指す方向を見る。確かにサキと、倒れている神が目に入った。そして、もう一人！
「やばい、急ぐぞ！ 二人が危ない！」
瞬時にミサは銃片手に走りだし、遅れまいと美鈴もムウ＝ミサの後を追った。
絶体絶命かに思えた。今動けば確実に信楽老の餌食だ。だが、みすみす殺られるつもりは、サキには毛頭ない！ サキは考える。どうすれば良い？ 動けない神をカバーしながら、この場を切り抜けるためには、どうすれば？
が、次の瞬間、それは必要なくなり、簡単にも形勢逆転となった。
「そこまでよ。おじいさま」
碧子が優しい笑みを浮かべて、信楽老の背後に立っていた。
「碧子か…いつの間に……」
信楽老の背中には、銃が押し当てられていた。
「後悔するのね。あたしを裏切った事。さっ、杖を捨てなさい」
カラン。杖は床に転がり、念のために碧子は、蹴って下に落とす。
「サキも神もごくろうさま。後はあたしに任せて、早く逃げなさい！」
碧子は出口を示し、サキに微笑みかけた。
「さあ、おじいさま。行きましょう。地獄までは、あたしが御一緒するわ」
信楽老に銃を突き付けたまま、碧子は最下層へ通じるエレベーターへと消えていった。
「碧子ー……！」
背中にサキの、自分を呼ぶ声を聞いて、碧子は心が満たされた気持ちだった。
（サキ…。麗巳の魂が、愛した人……）
エレベーターは動き出した。すぐにでも碧子を追いかけたかったサキだが、神を置いて行くわけにはいかず、ただ、後ろ姿を見送るだけだった。
碧子とスレ違いの形で、ムウ＝ミサと美鈴が駆けつけた。
「良かった。手伝ってくれないか。神が撃たれた」
ミサがニヤッと笑って、倒れている神を覗き込む。
「ハンッ★ サキと会って、気を抜いていたんだろ」
聞き覚えのある声に神は視線を上げて、自分を覗き込んでいる男を見る。
「その声は…。おまえがムウ＝ミサか…？」
「おまえ、目が…見えるのか？ いつの間に……？」
ムウ＝ミサが驚くのも無理はない。
「フッ、気を抜いたか……。そうかも……な…」
上体を起こし、苦笑してみせる神の顔は、青い。
「歩くよりは、移動用カートに乗っていった方が良いな。探してくる」
神の様子を見て、そう判断したムウ＝ミサは、一時その場を離れた。
「また会えて良かった。はぐれてから、ずっと探していたのよ。迷子になって困っていたところに、ムウ＝ミサが現れて…」
サキと再会出来てホッとした様子の美鈴。
「カートが来たら、早く脱出しましょう」
だがサキは、首を横に振った。
「あたしは、行かない」
「え？」
美鈴は耳を疑い、聞き返すとともに、サキを凝視する。
「碧子を追いかけなきゃ。何としてでも、この手で！ ジジイと決着をつけたいんだ」
サキの瞳がギラギラ燃える。美鈴はゾクッとした。そして“これだ！”とも思った。これが、最高潮に達した“闘うサキ”なのだ！と。しかし……
「何言ってるの！ 神さんの事、心配じゃないの！？」
美鈴が怒鳴る。不意に神が、小声でサキを呼んだ。
「何？ どうしたの？」
心配に覗き込むサキを、無言で見つめる神。その眼が“何”を訴えているのか、すぐにサキには理解出来た。
「オーイ。持って来たぞぉー」
カートを運転しながら、ムウ＝ミサが帰ってきた。
「さあ、乗れ」
ミサが、神の前に手を出した瞬間、神の右の拳が、ドスッと、ムウ＝ミサの鳩尾を打った。
「くっ…不覚……」
ミサは気を失って倒れた。
「何するのっ！ 神さんっ！」
美鈴が悲鳴をあげる。間を置かず、今度はサキの拳が、美鈴の鳩尾を打った。
「ごめん！ 美鈴」
サキは後ろめたさを感じた。自分達の事を思って脱出を勧めてくれた、友の好意を振り切ってまでも行きたい！という、“わがまま” に。
「緩く打ったから、すぐに気が付く」
少しヨロめきながらも立ち上がった神に、サキは肩を貸す。
「良いの？ 本当に大丈夫？」
「大丈夫さ、これくらいの傷。ここまで、奴を追い詰めて来たんだ。奴より先に倒れてたまるか！」
神の瞳もギラリと燃える。神はネクタイを外して包帯代わりに傷口に巻き、止血になるかどうか分からなかったが、サキがギュッときつく縛った。
碧子の言葉を信じれば、梁山泊の中枢は下層部にある。気絶している友を残して、二人はエレベーターが下りていっただろう梁山泊下層部へと、一歩を踏み出した。
＜つづく＞