あたしが、あいつの事務所に初めて行ったのは、鷹ノ羽高校に戻る前日。母さんが「幽霊」と知り、正式に「スケバン刑事」を承諾したあの日から、2日後の事だ。学校の現状と、仕事のターゲット・海槌三姉妹についての説明や、資料の受取が目的だった。
あいつ……神恭一郎は、あたしが、このヨーヨーと桜の代紋を悪用しないための、監視役だそうだ。けれど警官じゃない。自称私立探偵！ 男のくせに長髪で、腰の辺りまで伸びた髪は、女のあたしがシャクにさわるくらい、きれいだ。よっぽど手入れに気を使っているらしい。
長髪と同じくらい気になるのがサンクラス。いつもサングラスを掛けていて、今のところ外した顔を見たことがない。しかも身長は190cmだと！ 肩幅もあって背だけでなく体格そのものが、でかい。外人でもハーフでもない、歴とした日本人だそうだが？
そんな長髪、サングラスの大男だから、そこにいるだけでもう、目立つ目立つ。あいつと街中を歩くと、大抵の女は振り向いていくね。探偵ってさぁ、目立っちゃいけないんじゃないの？ 三つ揃いスーツも茶色だからまだマシかもね。黒だったらどう見てもヤクザ。
そして最大の謎、あいつは拳銃を持っている！ ハジキだぜ？ なんでも拳銃所持の特別許可証を持っているそうだが、いくら「あたし」の監視役だからと言っても、ただの私立探偵とは思えないね。黒メガネ同様、得体の知れない奴だ。
あの日の午前9時、電話が鳴った。おふくろのいる刑務所があるＴ市から、東京に帰ったあたしを待っていたのは、新築されたばかりのアパートの一室。スケバン刑事のあたしに与えられた、あたしだけの部屋。あいつの秘書の見立てで、家具や生活道具は一通りそろっていた。もちろん電話も。
その電話が初めて鳴り、呼び出しがかかった。アパート近所の喫茶店で待ち合わせ、約束の時間きっかりに現れた、あいつの左ハンドルの外車に乗って走ること約15分。事務所に着いた。
一階の一部が車庫になっている二階建て。玄関は二階にあり、中に入ると、きちっとスーツを着た美人の女性と、ポニーテールにメガネを掛けた、どう見ても「女性」というより「女の子」が出迎えていた。そう、美尾さんとスガちゃんだ。
二人に案内されてソファに座る。他に人影がないことから、この二人が、あたしの部屋を見立てたという秘書だと、この時、気づいた。
コーヒーの香りが漂う。カップを配り終えた美尾さんとスガちゃんがあいつの横に並び、改めて秘書だと紹介されると、すぐに本題に入った。それから臨時休憩を挟んで2時間くらい、話を聞いた。あたしが地獄城に入っている間、随分と様変わりしてしまった鷹ノ羽高校に、正直言って驚いた。
なぜ臨時休憩かというと、話の途中で黒メガネから電話がかかって来たからだ。別室であいつが電話を取っていた20分程の間、美尾さんとスガちゃんが、聞きもしないのに、あいつの事をいろいろ話してくれたっけ。曰く……
格好いいでしょ、素敵でしょ。女性にモテモテで、プレイボーイで、だから一人の女性に決められなくて独身なの。落ち着いて見えるけど、まだ27歳なのよ。仕事も出来て、難しい事件を数多く解決して来たのよ…etc.
心の中じゃ「けっ！」と思いながら、適当に返事してたよなぁ、確か。あたしに言わせりゃ、キザで、ちょっと嫌味たらしくて、黒メガネとツルんで母さんを盾に、あたしにスケバン刑事を強要した憎くて嫌な奴なんだが。それにあたし、長髪男は大嫌いなんだ！ むさ苦しいじゃないか！
その「嫌な男」のイメージを更に強めたのが、帰りの出来事だった。アパートまで送る、とあいつが言ったので車に乗ろうとしたら、良い天気だから歩いて行くと言いだした。車で15分の距離を？ 信じられねぇと思ったが、あいつは、こちらにはお構いなしにスタスタ歩き出すものだから、仕方なく後をついて行くと、見覚えのある風景が目に入って来た。事務所を出て2～3分、新築二階建ての、独身女性専用アパート。あたしの部屋のあるアパート……
あいつは平然と、今来た道を覚えておけ、事務所からの最短距離だからと言った。あの時の腹立たしさといったら！ 車で走った15分はいったい何だったんだ。後で美尾さんに聞いたら、遊び心で、あたしを驚かそうとしたとか。冗談じゃない。あたしには、単なる嫌がらせとしか思えなかった。そんなあいつの上辺だけに惑わされて、キャア?キャア?とハートマーク飛ばしている、世の女共の気が知れないねっ！
学校だけじゃなく、あたし自身にもいろいろあった三匹の蛇事件を解決して、まだ日が浅いのに、明日から早くも次の事件だそうだ。さっき、あいつから、そう電話があった。
電話、あいつの声、仕事の話。そこからふと半年ほど前の嫌なことを思い出し、ついつい回想にふけっちまった。うーっ！ ムシャクシャする！ いつか、あいつの顔面に、ヨーヨーお見舞いしてやるぞっ！
＜終わり＞
初出：同人誌（合同誌）「Red Destiny」
加筆改訂WEB版。サキって普段は、どこに寝泊まりしてたのかな。事務所に着替えが置いてある（N.Y.から帰って来たとき）ってことは、よく寝泊まりしたけど基本、住む場所は違った、と私は解釈してました。そこから発想したのがこの話です。作中にもあるように三匹の蛇編直後の、まだスケバン刑事として初々しく？神に対しても警戒心バリバリの頃の回想です。