そうだったらいいのにな Episode 8「恋敵再見 ～復活のムウ＝ミサ～」
数日後に、サキの“二十歳の誕生日”が迫っていた８月の暑い日。今日の午後は来客予定が無く、だから神もサキもスガも、くつろいで午後のティータイムを楽しんでいたのだが、自動ドアの開く音に、３人は即座に反応した。急な“依頼客”かもしれない。あるいは沼さんか、誰か知った顔か。
自動ドアをくぐってきたのは、一人の男。しかも額に三日月傷のある……。一年前、梁山泊で別れて以来、音信不通で、八方手を尽くしても消息が分からなかったムウ＝ミサが、ひょっこり現れたのだ。
神もサキも、二人から話を聞かされていたスガも、驚かずにはいられない！ 昼間っから、幽霊？ 否、彼は生きていた。
「ミサっ！ 心配していたんだよ。元気だったら、何で連絡くれなかったのさ」
「リハビリが長引いて、ようやく復帰したところだ」
サキは嬉しくて、興奮気味にムウ＝ミサに話し掛けたのに、ムウ＝ミサの“答え”は素っ気ないものだった。口元も眉も動かない。瞳からも“笑み”は感じられない。感情を押し殺した無表情な顔。サキは一瞬、背筋に悪寒を感じた。
ムウ＝ミサは眼だけを動かして３人を見回すと、神に向かって、こう言った。
「昔話をする気はない。単刀直入に言う。今日は『仕事』で来た。鹿島研三氏からの『依頼』の内容を教えて頂きたい」
「そんな依頼は受けていない」
神は、ピシャリと撥ね付ける。
「内閣調査室を見くびってもらっては、困るな」
ムウ＝ミサは、ふんっ、と鼻で笑った。
「では、ノーコメント。この世界は『信頼』で成り立っているからね。プライバシーの保護は絶対で必須条件だ。わかりきったことだろう？ 常識だ」
対立する男達。どちらも、一歩も譲らない。自分の“仕事の為”に。
「埓があかないな。外へ出よう」
ミサは顎をしゃくった。
「良かろう」
神とムウ＝ミサは険悪なムードのまま、事務所を出て行った。
「サキさん、どうするんですかぁ？」
黙って成り行きを見ていたスガが、サキに尋ねる。
「……スガちゃん、留守番、頼む！」
サキは二人の後を追った。神から習った、尾行のテクニックを活かして。
（絶対、変！ 何か有るんだ。絶対、何かが！）
直感が、サキを“尾行”という行動に駆り立てた。
表通りに出るまでは、緊迫したムードが漂っていた。すれ違う人も疎らで、声が響いて話しづらかったのか、二人は無言だった。表通りへ出ると、行き交う多くの人々や車の音に安心したのか、神が先に口を開いた。
「よく助かったな、あの中から」
それにムウ＝ミサが答えた。
「脱出用のライフポッドが有ることは事前調査で判っていたからな。急いで『荷物』を乗せて脱出したんだが、怪我は免れなくて、つい最近、復帰したばかりさ。サキの花嫁姿が、見たかったんだがな」
「まだ、だ」
「は？」
「いろいろ事情があって、まだ結婚はしてない」
ムウ＝ミサの瞳がキラリと光った。
「そーか、そーか！ まだ結婚してないのか、お前たち。それはラッキー♪ 俺にもチャンスが有るわけだ！ ふっふっふっ、狙うは逆転ホームラン♪」
サキが未だ“フリー”と知って、それはもう大喜びのムウ＝ミサ。
「それより、どうする？ 捲くか？」
事務所を出てから、ずっと、後方にサキの強い視線を感じていた神は、ムウ＝ミサに問いかける。ムウ＝ミサもサキの視線が気になっていた。
「そうだな」
「あっ。しまった！」
二人がサキの視界から消えた。細心の注意を払っていたのに、歩道の段差に気を取られ、一瞬、眼を外した隙に、雑踏の中に二人を見失ってしまった。
「捲かれた？ でも、あたし、負けないもんねっ！」
サキは、周囲に気を配りながら歩く。向こうに気付かれない様に探さなければ。キョロキョロと、300メートルほど進んだ所で、サキは後ろから肩を叩かれ、呼び止められた。
「お嬢さん。どこまで行くんですか？」
神だった。
「あ……」
どこで、どう“逆転”したのか？ サキは神の前（？）を歩いていた。おまけにムウ＝ミサも、いない！
サキが膨れっ面になるのに、１秒と掛からなかった。
「何やってたんだよ！ あたし抜きで！」
「仕事の話」
神は、平然と答える。
「んなの、答えになるか！ ミサは!?」
「今日のところは帰ってもらった。後日、改めて来るそうだ」
サキの頬は、益々膨れる。
「隠してる。何か、隠してる！」
「俺が、いつ、お前に隠し事をした？」
「怪しい。絶対怪しい。そんなに、あたしに知れちゃ、マズい事なのか？」
サキの追及は、ひるまなかった。
「スガには連絡しておくから、このまま『デート』と洒落込むか？」
神は、サキの手を取った。しかし、サキは神の手を撥ね除けた。
「はぐらかそうとして。図星だーっ！！！」
わめくサキは、人込みの中でも充分、目立つ。神はサキの手を強引に取ると、無理矢理引っ張って、近くの喫茶店へ入って行った。
「いい加減に、機嫌を直せ。コーヒー？ 紅茶？ それともフルーツパフェ？」
「いらない。話が聞きたい」
注文を取りに来たウェイトレスに、アイスコーヒーを二つと、チーズケーキを一つ、神は頼んだ。
「だから、鹿島研三氏の事と、それから……。お前の事を話した」
神は、とうとう折れたが、それだけでは納得しないサキは、依然として口を“への字”に曲げて、追加説明を求めた。
「あたしの事？」
「あいつ、俺達が、まだ結婚していなくて、お前がフリーだと知ると『宣戦布告』してきた。逆転ホームランを狙うとか何とか」
コーヒーとケーキが、静かに、テーブルに置かれた。
「本当に、それだけ？ それだけだったら、何で尾行を撒くようなこと、したのかなー？」
サキは、チーズケーキを一口頬張り、尚も不審の眼差しを神に向けた。
「本当に、それだけ！ だいたいお前が尾行してたなんて、知らなかったし」
神も、アイスコーヒーを一口、飲んだ。
「なーんか、嘘臭い。あたし、ちゃんと『後ろ』歩いてたんだよ？ それに『それだけの事』なら、何で最初から教えてくれなかったのかなぁー？」
ストローで、アイスコーヒーに浮かぶ氷をクルクルかき回しながら、サキは拗ねて言った。
「俺たちの後ろを歩いていたなんて、それは、お前の勘違いじゃないのか？」
あくまで神は、しらばっくれようとした。サキにツッコミを入れさせないために、間を空けずに言葉を続ける。
「言いたくなかったのは、お前の心が動くと、ヤバイと思っから……。宣戦布告され『夢』を、思い出したからな」
「夢って、あの…？」
「そっ。手術後の、昏睡状態の時に見た夢」
横からムウ＝ミサが出て来て、サキを奪って逃げてしまう、アレである。
「案外、心配性なんだ。神って」
95％まで、サキの機嫌は回復していた。
「婚約者殿がモテるんで、特にね」
神は、右目をウィンクして見せた。
（お前こそ、案外、単純なんだな）
サキは、すっかり機嫌が直ったようだ。上機嫌♪で、チーズケーキを口に運ぶ。自分の“言い訳”を信じ込んでくれたサキを見て、神は安心した。
「そうそう、もうすぐだな。誕生日プレゼント、何が良い？」
「わっ♪ くれるの？ プレゼント！」
サキの瞳は、たちまち、キラキラ★輝く。
「当たり前だろ、婚約者の誕生日なんだから。何か、二十歳の記念になる様な……、でも余り『値の張るような物』は、御免だぞ！」
「わかってるって♪」
留守番のスガに、ケーキをテイクアウトしてもらって、二人は仲良く帰った。
＜恋敵再見 ～復活のムウ＝ミサ～ ＥＮＤ＞