そうだったらいいのにな Episode 12「結婚前夜」
挙式三週間前、美鈴が大きめの箱を抱えて、事務所にやって来た。
「掲示板に、落とし物の連絡が入っているから、学生課まで来てくれって張り出されていて、心当たりなかったから何かの間違いだろうと思って、一応、学生課に行ってみたの」
Ｗ大法学部キャンパスの連絡掲示板に名指しで張り出されていたので、学生課に問い合わせた美鈴は、用件の書いてあるメモ用紙を渡された。
「箱が届いているので、新宿署の鈴川一男を訪ねてくれって書いてあったのよ。箱なんて落としてないし、人違いだろうと思って、説明に寄ったのよ」
新宿署でメモを見せると、学生証の提示を求められた。落とし物をした覚えはない、人違いじゃないのか、と訴えても、しつこく学生証の提示を求めてきたので、渋々、美鈴は鞄から学生証を出した。
「そしたら、別室に案内されて、メモにあった『鈴川』という人と会うことになっちゃったの」
何度も“何も落としてない。人違いだ”と訴えても聞いてもらえなかったので、美鈴は諦めて、案内されたとおりに別室へ赴き、鈴川という男に会った。その別室で、今日、美鈴が持ってきた“濃淡の水色ストライプ柄包装紙で包まれた箱”を渡されたのだった。
「鈴川さんは、新宿署の署長だったのよ。面識は無かったけど、向こうは、あたしのこと知ってたの。学制刑事だったこと」
箱と一緒に二通の封筒も渡された。一通は“吉村美鈴様”と自分宛だったが、もう一通は何も表書きはしてなかった。
「あたし宛の手紙に届け先が書いてあるから、もう一つの手紙と一緒にそこへ届けて欲しいと言われて、もう、何が何だか分からなくて」
その場で美鈴は、自分宛の手紙を開いた。
「ビックリしたわよ！ 鈴川さんは『よろしく頼みます』って、深々と頭下げるし……」
美鈴は、その手紙をサキと神に見せた。
美鈴
済まないが この箱をサキと神に届けてくれないか 暗闇
「えっ？ 何？ じゃあ、これ、黒メガネから？」
サキも神も、目を丸くした。
「そうなの！ あの日、突然、学生刑事を解任されて以来、連絡が取れなくなってしまった暗闇警視から、だったの！」
一年前、鷹ノ羽高校の卒業式があった翌日、暗闇警視は美鈴と聖子を呼んで、二人を学生刑事から解任し、組織自体の解散を言い渡した。鳴海碧子の策略で世間に学生刑事のことが暴露され、国会で激しく糾弾された時でさえ、頑なに組織の存続を訴え守り通してきた学制刑事機構を、暗闇警視自身が消滅させてしまった。当然、警視庁への出入りも出来なくなり、暗闇警視との繋がりも切れてしまった。
それどころか神でさえ、暗闇警視と接触が出来なくなってしまい、安否が気遣われていたのだった。
「で、こっちが、もう一通の封筒」
美鈴が神に手渡した。早速、神は封を切る。
結婚おめでとう
フランスにいる娘に
見立ててもらった物だ
末永く幸せに
暗闇
箱の中身は、フランス製のペアパジャマ。実用的な綿素材で、無地の淡いクリーム色をしていた。
「娘って、黒メガネに娘さんがいたのか！？」
サキは箱の中身にも驚いたが、警察の権力者とだけしか知らなかった暗闇警視に、人並みに家族があり娘がいたことに、大きな驚きを隠せなかった。
ところが神は、逆に何かを懐かしむような表情をしていた。
（ヒナちゃんが選んでくれたのか……）
サキは気を取り直して神と美鈴の顔を交互に見た。
「警察の中か外か、今どこにいるのか知らないが、『こういうことが出来る』なら、前と変わらず力を持っているんだね」
確かに、そういうことだろう。三人は顔を見合わせて、うなづき合った。
早速、パジャマはスーツケースの一つに入れられ、荷物のチェックリストに加えられた。
挙式二週間前、アグラ、美鈴、聖子が事務所に来た。アグラは大きめの箱を持っていた。これにスガが加わり、四人で改まってサキにその箱を渡した。白の包装紙と赤いリボンが付いた箱の中には純白のウェディングドレス。
白無垢姿だけじゃ寂しいから、式は着物でも披露宴にはドレスを……と言い出したのは、美鈴だった。
そもそも最初は挙式だけで、サキも神も披露宴は考えていなかった。親類縁者、互いの職場関係や友人等に花嫁花婿を“お披露目する”のが目的の披露宴。知った顔ばかりで特に改まって紹介するような関係者がいないサキと神は、自分たちには必要ないものと考えていた。海外にいる神の友人たちには、新婚旅行が“サキのお披露目会”となるのだから。
しかし、その話を聞いた周りの者たちは、誰彼となく“それでは淋しいじゃないか？”と言い出し、当人たちの意向をよそに事務所内で立食パーティー形式の披露宴が計画された。
それだけに留まらず、美鈴が“だったらドレスを”と言い出したのをきっかけに、それじゃあドレスをお祝いとして贈ろうと四人が共同出資、ウェディングドレス作戦が開始された。
いくら四人の共同出資でも値段的に新品には手が出せないが、ウェディングドレスだけを扱うリサイクルショップでなら格安で選り取り見取り！ と聖子がお得なリサイクルドレスの情報を仕入れてきて、四人で数点をピックアップ。予定には無かったことだからとサキは普段着を主張したが、折角の“一生に一度の晴れ姿”を無駄にする手はないと押し切られ、ピックアップされた中から最終的にサキと神とで選び、洋裁の仕事をしているアグラの友人にサイズ補正をしてもらって、スガが選んだ包装紙とリボンで包んでもらい、今日の贈呈式となった。
リサイクルといっても数度、物によっては一度きりの使用で下取りに出される場合があり、きちんとクリーニングされ補修もされているので新品と比べても遜色なく、気持ちよく袖を通せるというのが購入したリサイクルショップのセールストークだった。
清楚でシンプル。さらに近年の繊維業界のヒット商品、ムーンライトシルクで作られていた純白のウェディングドレスは、生地といいデザインといい“なかなかの掘り出し物”だそうだ。
「ありがとう。お土産、はずむね」
「無理しなくていいぜ。あたしたちは、サキが幸せになってくれたら、それで良いんだ」
アグラがサキの肩をポンポンポンッとたたく。
「ありがと…う」
サキの瞳に、キラリと涙がにじんだ。
挙式一週間前、ムウ＝ミサから“サキ宛”に手紙が届いた。
「何だろう？」
サキは早速、開けて読む。神は気になったが、サキが報告するまで待っていた。サキは手紙に一通り目を通して、神の前で読み上げる。
サキ、済まないな。４月１日は、出られなくなった。
急に仕事が入って（公務員は、つらいね）これが届く頃は
オーストラリアだ。当分帰れそうにない。
こんな直前になって。本当に済まない。
まっ、俺としては残念な半分、他人の女房になるところを
見なくて良いので、ホッとしている。
帰ったら、たーっぷり「おジャマ虫」してやるから、覚悟
しておけと、神に伝えておいてくれ。
じゃ！ またな。
「だってさっ。仕方ないね、仕事なら」
神に、ムウ＝ミサの“欠席届け”を読んで聞かせたサキは、残念そうだった。神も顔では残念な表情を見せたが、胸の内では“これ幸い”と思っていた。
そして瞬く間に日が流れ、明日は、いよいよ結婚式！
＜結婚前夜 ＥＮＤ＞