Fanfic.】生まれ変わり……

　暗い黄泉の国のそこだけは花が咲いていた。何故かその花々は皆同じ方を向いて咲き、聞こえる歌声に合わせ、静かに揺れていた。

♪　ルルル………
♪　ジョンディ だれと踊るの
♪　髪飾りゆらして だれと踊るの

　歌っていたのは水晶の姫と呼ばれていた小さいオリエだった。その側には精霊だった大きいオリエも居る。彼女は精霊の実体は失ったが、小さいオリエの助けで魂だけは消えずに残り、今は小さいオリエの影のように傍らに寄り添っていた。

―――オリエ……精霊だったオリエ、聞こえるか……
『ユリアナ！』
―――そなたを、人間として生まれ変わらせよう。私の所に来なさい……
『良いのですか？　私が人間に？　それに小さいオリエは……？』
―――心配するな。今、クルトが迎えに行く……

　ユリアナの思いがけない言葉に、しばし呆然としている大きいオリエに、小さいオリエは満面の笑みを浮かべて話し掛けた。

「おめでとう、大きいオリエ。今度は人間として、幸福に生きて！」
『ありがとう、小さいオリエ。あなたもクルトと仲良く、幸せに……』
「また、会えるわよね？」
『ええ、いつか、きっと……』

　小さいオリエに別れを告げ、魂だけの体をフワッと浮かせると、ユリアナの元へと飛んで行った。途中でクルトにも会い、何も思い残すことはなくなった。晴れ晴れとした気持ちでユリアナの前に立った。

―――オリエ、人間に生まれ変わる前に、ひとつだけ言っておく……

　厳しい眼でオリエを見据えるユリアナ。

―――人間になれば……当然のことだが、今までの記憶は総て消える。精霊だった事も、クルトを愛した事も。たとえいつかクルトと会えたとしても、クルトは気付くことはあるまい。オリエ、そなたもクルトとは知らずに通り過ぎてしまうだろう。それでも良いか？……

　大きいオリエは真っ直ぐにユリアナの眼を見つめ、決心のこもった声で答えた。

『はい、ユリアナ、覚悟は出来ています』
―――そうか……では眼を閉じて、数を数えなさい……

　眼を閉じ、スゥーッと一息、深く呼吸すると、オリエは一つ……二つ……と、ゆっくり数え始めた。

（あぁ……気が遠くなる。さよなら、精霊だった私…………）

　オリエの意識が消えるのと同時に、魂は光の球となり、地上へと一直線に飛んで行った。行き先はユリアナも知らない。ユリアナは生まれ変わる手助けをするだけで、魂の行き先やその後の運命には拘われない。薄くなる光の軌跡を見つめながら、ユリアナは祈るだけだった。

―――オリエ……幸福に…………

　月日は流れ、クルトがオリエと連れ立って、ルーン国に帰って来た日の晩のこと。ワタンカ村の片隅で女の赤ちゃんが産声を上げた。エルンストとレナーテという若者夫婦の間に、初めての子供が生まれたのだった。

「エルンスト！　女の子だよ、可愛い女の子だよ！」
　産婆役の彼の母親が、外で待つ息子に大声で知らせる。夜の闇に元気に響く産声と母の弾んだ声で、自分がついに父親となったことを知ったエルンストは、全身から喜びを滲ませて勢い良くドアを開けた。
　産湯に浸かる我が子を見ながら
「ありがとう、レナーテ。良く頑張ったな」
　と少し照れながら妻に言葉を掛けた。
「ほら、エルンスト、抱いてみな」
　産湯で清められ、新しい産着にくるまれた初めての子を、ぎこちなく抱く若い父親。後片付けをしながら新米おばあちゃんは少し興奮気味に、新米の父と母に声を掛けた。
「この子は運の良い子だよ。クルト皇子さまが帰られた、おめでたい日に生まれたんだから」
　ルーンの国の誰もが、クルトの帰還を待ちわびていた。メデューサを倒し、ガラティアを元に戻したクルトは英雄中の英雄だ。誇り高き英雄の帰還を今日か明日かと待ちわびていたのだから、それが現実になった今日、オリエを伴っていたことも含め、クルトのことは人から人、村から村へ瞬く間に広がり、国からの知らせよりも早くルーン全土に知れ渡っていた。
「ねえ、あなた」
　ぎこちなくも愛おしく娘を抱くエルンストに、レナーテが話し掛けた。
「この子の名前……『オリエ』にしませんか？　クルト皇子さまが連れて来られた、未来の王妃様にあやかって」
　エルンストは大きく頷いて
「うん。そうだ、そうしよう！　いや実は、俺も考えていたんだ」
　父母の暖かいまなざしに見守られて、生まれたばかりのオリエは、すやすやと眠りについた。

　数日後、噂を聞き付けてクルトとオリエがその若夫婦を訪ねた。赤ちゃん用の小さなベッドに寝ている、小さな小さなオリエ。くるんとした大きな丸い目で、覗き込むクルトとオリエを見ていた。
「うわぁ、かわいい！　ぼく達もいつか、こんなかわいい赤ちゃんが欲しいね！」
　ポッと顔を赤らめるオリエ。言ったクルトの頬もポッ。
「同じ『オリエ』だからかしら、精霊オリエを思い出しちゃった」
　自分にあやかって名付けられた赤ちゃんとの対面に、オリエは嬉しさと照れくささで心がいっぱいだったが、同時に「自分とは別のオリエ」から、黄泉で別れた精霊オリエのことが思い出された。別れてから随分と時間が経っているが、まるで昨日のことのように鮮明に、目の前に浮かぶ。ユリアナに呼ばれ、人間に転生するために笑顔で消えていった姿が。
「もしかしたら、精霊オリエの生まれ変わりだったりして」
　この赤ちゃんがオリエの名前をもらったことは、ただの偶然だと思っていても、オリエから黄泉での出来事を聞いていたクルトは、そうだったら良いのにという希望を口にした。
「よろしくね、小さなオリエ」
　オリエは赤ちゃんオリエの右手をそーっと触って「握手」する。
「今日から私が『大きなオリエ』ね」
　そうか、そうなるんだねー、とクルトは単純に納得した。

　眠たそうだった赤ちゃんオリエの瞳が、完全に閉じた。
「歩けるようになったら、一緒に遊ぼうね」
　スヤスヤと眠る赤ちゃんオリエの顔が、ニコッと微笑んだように見えた。

＜終わり＞